27 February 2009

Day 9-1 :Manchester (「マッドチェスター」の地を訪ねて)


1. Madchester Still Rave On!



マンチェスターと聞いて、7割の人が連想するのが、フットボール、歴史好きの人は産業革命発祥の地、そう今カチャカチャとキーボードを叩いているコンピューター、これもマンチェスターが世界初。
しかし、僕がこの地を聞いて、一番に連想するのが、「ミュージック」である。

学生時代の頃、The Stone Rosesをはじめとした「マッドチェスター・サウンド」を初めて聴いたときの感動した気持ちと、

「これは、オレ達の(時代の)音だ!」

と感じた高揚感は今でも忘れない。

24 Hour Party People (DVD)


この映画は1970年後半に吹き荒れたパンクロック以降のマンチェスターの音楽シーンがどのように生まれ成長してきたかという「記録映画」とも言っていい映画だと思う。
今回はこの映画に出てくる「ボクの憧れ」であった場所を訪ねてみた。

尚、マンチェスター出身の1980年代を代表するバンド、ザ・スミスのSalford Lads Clubは昨年訪ねたので、機会を見て報告したく思う。

Free Trade Hall

1976年。Glasgowで観たマガジンのヴォーカルであるハワード・デフォードが在籍していたバズコックスが招致したセックス・ピストルズのライブに集まった42人。

その場所にはマンチェスターの地方局であるグラナダTVレポーターであったトニー・ウィルソンことアンソニー・ウィルソンとシンプリー・レッドのヴォーカル、のちのジョイ・ディビジョンのバナード・サムナーとピーター・フック、バズコックスのハワードとピート・シェリーなどが居合わせていた。

セックス・ピストルズの破壊的なパフォーマンスに衝撃を受けた観客。
彼らがのちのマンチェスター・ミュージック・シーンを塗り替えていくこととなったという伝説の場所。

そこは、Free Trade Hallという場所でMosley Streetにある。
尚、現在はホテルになっており、彼らが演奏していた場所もおそらく部屋になっているのであろう。

ちなみにこの地は1966年ボブ・ディランがフォークギターからエレクトロニック・ギターに持ち替えて、ラウドなロックを演奏。観客に「Judas!(裏切りもの)」と罵られ、野次を飛ばされたが、ボブは「I don't Believe you」と言い放った伝説のライブ「ライブ・アット"アルバートホール"」が録音された場所でもある。

Granada TV


ライブに居合わせていた42人のうちの一人、グラナダTVのレポーター、アンソニー・ウィルソンは歴史が動く瞬間を感じ、ファクトリーレコードを設立し、ジョイ・ディビジョンやニューオーダー、ハッピー・マンデーズなどといったUK ROCKシーンの中心的バンドを発掘し、世に送り出した。

そして、伝説的Venue(日本風でいうとクラブ)であるHacienda(ハシェンダ)を設立。

・・・あと細かい事は映画サイトなりで検索して調べて下さい。

とにかくその位(僕にとって)憧れの地、それがマンチェスターなのである。

グラナダTVは、アンソニー・ウィルソンが在籍していたテレビ局。
後にグラナダTVの社長となるが、2007年8月10日没 (R.I.P.)

Whitworth Street

この道沿いにハシェンダ(跡地)がある。
看板には「A More Colourful Place for Everyone」と書かれている。

Hacienda (跡地)


現在は取り壊されてアパートになっているが、建物の姿は出来るだけ当時の形っぽく作られていた。
ちなみに当時はこんな感じだったらしい。

In Manchester Art Gallery


美術館にはマンチェスター産のバンドであるザ・スミスやハッピーマンデーズのアルバムカヴァーが展示されていた。
こういったものも「芸術」扱いとして展示している事は何とも嬉しい。

Manchester Apollo Theatre

映画中、イギーポップがライブを行っていたVenueがここである。
結構大きなライブハウスに見えた。それ以上に周りの雰囲気がとても怪しげ(汗)

アポロの隣りの廃墟


ここでも廃墟発見!何か廃墟マニアになりつつある・・・(笑)

East Gate (Chester)

番外編:映画中に「お触れ役人」が「イアン・カーティスが死んだ~!」と叫んでいたところです。(チェスター:2008年に訪問)

Madchesterシーンの中心的バンドであったThe Stone Rosesのローディーをやっていたノエル・ギャラガーがのちにオアシスを結成して、世界中を席巻するバンドに成長したり、アシッド・ハウスを経てテクノシーンが隆盛を極めたり、「カメラ・トーク」というアルバムをロンドンでレコーディング中に、このシーンに完全に感化され、「ヘッド博士の世界塔」を発表した日本のバンド、フリッパーズ・ギター等、この地から発信された音は世界中に飛び火したのであった。


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