24 June 2009

Glencoe & Kinlochleven : 「嘆きの谷」グレンコーと廃鉱の町


嘆きの谷と廃鉱の町


今豚インフルエンザで成田空港は騒然としていますが、私が帰ってきた5日前はノーチェック。
丁度騒ぎ出した日に帰国したんですね。
またまた幸運に恵まれました。

さっそく話を2008年にタイムスリップ!

High Landで3日間過ごしたTaransyというB&Bとお別れ。27ポンド/1泊で本当に助かった。

Taransy (B&B)


この日の予定はロックとフットボールの都市、グラスゴーへ移動。
念願の街に向かうことができると思うと心躍る。

フォート・ウィリアムからA85で南下していくとグレンコー(Glen Coe)という小さな村に入る。
この荒涼した谷は通称「嘆きの谷」と呼ばれ、スコットランドの悲しい悲劇(グレンコーの虐殺)の舞台となった場所として知られている。

Glen Coe

グレンコーの虐殺は1692年、イングランド政府内強硬派およびスコットランド内の親英勢力の手によって、グレンコー村(スコットランド)で起きた虐殺事件である。

罪なき村民が背信行為によって殺された手法と経緯に、国内外から批判が集まった。これによって名誉革命体制は打撃を受け、イングランド・スコットランド関係が険悪になる原因を作った。 (Wikiより引用)

Glen Coe (2)

イングランドは非常に卑劣な方法で、ハイランド地区のマクドナルド一族を同じハイランド地区の氏族であり、ライバルであったキャンベルに一族を粛清するように命じた。

そして1692年2月13日、男女、子供を問わず78名のグレンコーの村民を虐殺したのであった。

Glen Coe (3)

1000m級の山々に囲まれたこの谷は美しいが、何とも言えないもの寂しい雰囲気を醸し出していた。
そして、3度の旅でスコットランド・ウェールズ・アイルランドに出向いたが、その地でのイングランドに対する敵意や確執というよりも怨念は今なお、根強く生き続いていることが理解できた。


Unknown River

そして折角だから、グレンコーの周りをぐるっとドライブすることにした。
道中にあった漆黒の色の川は、周りの深い緑と調和していて美しかった。

そしてLoch Levenという湖の先にKinlochlevenという町があったので、車を停めてみた。

Kinlochleven


この地は昔炭鉱があった町らしく、ボーキサイトが発掘されていたらしいが、現在は廃鉱。
とても小ぢんまりとした静かな町で、近くにはユースホステルがあり、West Highland Wayというトレッキング・ルートの入り口とのこと。


Tourist Information

よって、観光案内所も「Aluminium Story」(大汗)
アルミマニアには堪らない地ですな(苦笑)

Loch Leven

軽食を摂り、グラスゴーに向かうために再びA82へ。
道中通り過ぎたLoch Levenの趣のある湖畔に途中下車し、後ろ髪をひかれる思いでHighlandに別れを告げた。

再び戻りたい地方、雄大な大自然いっぱいのHighlandを今だに愛せずにはいられない。


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