20 September 2009

Machynlleth -3 : Bron-Yr-Aur - Led Zeppelin IIIが生まれた場所


3 : Bron -Yr-Aur Stomp


(Clickすると詳細のレビューが見れます)

Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)は、イギリスを代表するロックバンドのひとつで、1969年「Led Zeppelin」でデビュー。
デビューアルバムは全米10位、全英6位を獲得し、ツアーでも大盛況。

さらに同年10月発売された「II」は、ビートルズのアビー・ロードを蹴落とし、米英共に7週連続1位という新人バンドとしては、快挙ともいえる異例のビッグ・ヒットを記録した。

彼らの1969年という1年は、正に「狂気」に満ちた1年だった。
ツアーにおけるホテルやステージでの暴力沙汰、グルーピーとの馬鹿騒ぎ、そしてそのような環境の中で作られた狂気で且つ奇跡的な音に満ち溢れたアルバム「II」・・・。

とにかく彼らには休息が必要であった。

II」のツアー終了後、ジミー・ペイジ(ギター)とロバート・プラント(ヴォーカル)をはじめとしたメンバー達は、彼ら自身を取り戻す為にウェールズの電気すら通っていない家で、曲作りと平和な時間を過ごしていた。

「丁度季節は春だったので野原には花が咲く」(渋谷陽一・・・IIIライナーノーツより引用)環境で、世間の喧騒を忘れて、出来上がった曲がIIIの(いわゆる)B面に収められているアコースティックナンバーであった。

アルバム発売当時は賛否両論があったが、レッド・ツェッペリンが単なる「ブルージーなハードロックバンド」から「1970年代を代表するアーティスト」へと変貌するターニングポイントとなったアルバムで、そのきっかけを彼らに与えた場所、それが「スノウドニアの小屋」であった。

それはサウンドのみならず歌詞においても変化を生じ、前2作では割と下品な詩(!?)であったが、本作以降ロバート・プラントはケルト的歴史観が芽生え始めて、美しい歌詞を書くようになっていった。

そしてこのアルバムにはこの地に敬意を表してか、「Bron-Yr-Aur Stomp」という曲が収録されている。


・・・すいません、いきなり熱く語ってしまいました。

此処の地は、レッド・ツェッペリンが「III」の曲作りと英気を養うために、滞在していたコテージ(通称「スノウドニアの小屋」)がある場所。
死ぬ前に一度は訪ねてみたい、「僕にとっての聖地」のような場所なのです。

放牧された羊達が「メェ~」と出迎えてくれた(??)
さらに、並木道を歩いていくと・・・。


「スノウドニアの小屋」が現れた~(涙)
可愛いワンコと共に(^^)



この日はたまたま現在住んでいる夫婦が在宅していたので、奥さまに挨拶と少し話をさせてもらい、許可を得て写真撮影をした。(ただし家の中はダメよ~って言われたが・・・)

「スノウドニアの小屋」から臨むウェールズの長閑な景色。
空の色が澄んでいて、とても美しい。


「電気もない家」には、エコを意識した風力発電が設置されていた。
また、パラボナアンテナも設置されているが、電線は張っていないので全て自家発電で賄っている。
正に私の憧れのエコ生活、さらに私ならここにガーデンを作ってみたいけどな・・・。


コテージの庭から見た絵。

・・・感動的に美しい(涙)

ちなみに「III」のアルバムカヴァーには・・・

Credit must be given to BRON-Y-AUR a small derelict cottage in South Snowdonia for painting a somewhat forgotten picture of true completeness which acted as an incentive to some of these musical statements - August, 1970.

と、わざわざ書かれている。
要は「ブロン・イ・アーにもクレジットを与えるべきであろう」という内容なのだから、本当にこの地から影響を受けたものは計り知れなかったのだろう。

その後、1975年発表の6作目「フィジカル・グラフィティ」という2枚組アルバムでも、この地をタイトルにしたジミー・ペイジのアルペジオによる美しいインスト・ナンバーが収録されている。


・・・至福の気分を味わい、帰路に就こうとした時に最大の悲劇が起った。

「ブチッ!!」


なんと、リュックの肩ひもが切れてしまった・・・(涙)


「好事魔多し」とは正にこの事であろう。

乗ろうとしていた電車は案の定遅れていて、もしリュックがまともだったなら町の方まで行く事ができたが、とてもじゃないけど散策できる状態でないので断念・・・。
おまけに片方の肩ひもだけで背負って、ヒクヒク歩いている姿を見た現地のお姉ちゃん達には
「アー・ユー・OK?」なんて声を掛けられたり、車越しでおっさんにも同様の言葉を掛けられたりと・・・。

親切なのか、単なる冷やかしなのかは知らないけど・・・(笑)

しかしボクにとっての音楽のルーツである「伝説のコテージ」を見ることができたことは、とても貴重で大きな財産となったことは間違いない。


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2 comments:

  1. なるほどー。当時とそのままの形で(パラボラ以外)
    残っているところが、さすがWalesですね・・
    このようなところで過ごせば下品(!!)な歌詞なんて
    書けないでしょー!
    いまでも訪ねる人いるのでしょうか。現在の住人の方
    何か言ってましたか?

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  2. はい、とてーも長閑な場所でしたよ:)
    この場所では、ベッドを上の階から投げても何のお咎めなしですから。
    今でも訪ねてくる人が多いようです☆
    ワンコがかわいかった~!

    ReplyDelete